他人と比較するな
先ほどこんなツイートが流れてきた。
社交性がない、オタク顔、かといってそれほどアニメを見ていない、コミュ力も欠如し、一人でいることも平気で、他人に対する関心が薄く、清潔感もなく、話も面白くなく、声が小さく、何を考えているかわからない、幼い顔で、天才でなく、かといって努力も大して出来ず、人生を諦めかけてる人
— イライラ農学生 (@irairanogaku) 2023年7月5日
ありったけのネガティブを詰め込んだツイートだ。リプライや引用には刺さっている人たちが多いようだが、自分にはあまり刺さらない。刺さったとしても気にする必要がない。
・社交性がない
社交性の意味としては「人との付き合いを好む。または人とうまく付き合っていける性質」とされている。この意味すらも抽象的ではあるが...つまりは「人と話すことが嫌いではない」「トラブルを引き起こさない」という点を満たせていれば「社交性がある」と言えるだろう。他人と比較する必要はない。
・オタク顔
これもまた定義が不明だが、要は「清潔感がない」ことを意味しているだろう。
オタク顔を脱却したいのなら「汚い自分」を拒否することだ。洗顔料を使って朝と夜に洗顔するだけでも顔は大分綺麗になる。
・それほどアニメを見ていない
恐らく他人と比較したものだろう。そもそもこれについては何を以てオタクとするかという話になってくる。オタクというのはつまるところ、専門家だ。特定の分野や物事に異常に詳しい人を指していると自分は定義している。
故に、アニメを見ていないからといってオタクになれないわけではない。「アニメオタク」になりたいのならアニメをチェックしていないのはまずいかもしれないが。
・コミュ力がない
社交性と同義。
・一人でいることが平気
これに関しては何が問題なのかわからない。他人に依存せずに生きられることの証左であり、寧ろ誇るべき点だろう。
・清潔感がない
オタク顔と同義
・話が面白くない
「面白さ」については複数あるが、つまるところ「退屈さを感じない」というのが重要だろう。自分もお喋りな人間ではないのでいつでも面白い話をすることはできないが、逆にいつでも面白くある必要があるのか?話すことがないのであれば話す必要はない。相手が話したければ付き合ってやればいい。それだけの話だ。
・声が小さい
自分に自信がないことの現れともいえる。自信を持てなくなる最大の要因は、他人と比較してしまうことだ。同じ品種の物にも優劣があるのは当然のこと。故に優れている人と比較するのは自爆行為に他ならない。比較するなら過去の自分と比較するべきだ。そうすることで成長しているかどうかが判断できる。成長出来ていることが分かれば、それは自信につながる。
・何を考えているかわからない
これに関しても何が問題なのかわからない。他人に考えを読まれないことはある種の利点だと思うが...。「自分の意見がハッキリしない」という意味合いであれば、物事を主観的に見るのではなく客観的に見ることに努めるといいだろう。
・幼い顔
顔というのは往々にして眉毛と髪型で印象が大きく変わる。それに顔というのは生まれつきや人種によっても大きく変わる。変えようがないものに対して悩んだところで解決はしない。だからこそ、人は弄れる部分を弄って見た目を変えようとする。それがファッションということになる。
・天才ではない
世の中天才ではない人の方が多い。そして天才と呼ばれる人たちは「自分がやっていて楽しい」と感じることをとことんやりこんでいる。途中で挫折してもなお「楽しい」から戻ってくる。そして楽しさを感じられるのは成長や変化を実感できているからだろう。それには「他人との比較」ではなく「過去の自分との比較」が重要になる。
・努力が出来ない
努力が出来るかどうかも遺伝であるという研究結果がある。しかし、努力というのは往々にして我慢強さとの結びつきが多い。つまり、努力と感じてしまうのはそれが自分にとって楽しくないものである可能性が高い。結局のところ、努力だと判断するかどうかは「苦労したか」どうかを重視している部分が大きい。だとすれば、日常の中で努力する必要はないだろう。したいことをすればいい。
一言でいえば、このようなことで悩むのはバカげている。もっと自分のために生きることを考えた方がいい。